現代文明社会が失ってきたもの――メンタルヘルスの復興

わが国アルコール医療の禁明期

三十五年前、はじめて断酒会の存在を知るまでの私は、ほかの多くの精神科医と同様に、ほとんどのアルコール依存症者がアフターケアにおいてなす術もなく、入退院をくり返しながら消息を絶ったり、尊い命を失っていくのを目のあたりにし、医療者としての無力さに打ちのめされておりました。依存症は治らないのだと思い込んでいました。そんなときに断酒会に出会い、この病気の治療に希望を見出すことができたのです。
さらに、断酒会を通して多くの回復者やその家族と交わることにより、アルコール依存症の回復過程を学ぶことができ、私たち医療者にとってそれはまさに生きた教科書でもありました。残念なことに、当時この病気の適切な治療について書かれた医学書はまったくなかったからです。ただ一つ、フランス留学から帰国後、一九六三年国立療養所久里浜病院にわが国ではじめて開設されたアルコール専門病棟の担当医になった堀内秀(作家なだいなだ)の「アルコール中毒」(紀伊国屋書店)が出版されていただけでした。
その後、一九七三年に医師向けに大著「アルコール中毒」(加藤伸勝、大原健士郎、河野裕明編集、医学書院)が出版され、それに続いて数多くの専門書や啓発書が出版されるようになりましたが、新しい治療者がこれらの書物を頭に町きこんだだけでは一人前になることはできません。

アルコール医療に限らず、すべての医療者は知識の習得と技術の修練、さらにその上に人聞を知ること愛することを学んでいかねばなりません。言ってみれば当たり前のことですが、昨今なにかと医療者と患者とのあいだで問題が生じるのは、この当たり前のことが当たり前でなくなっているからでしょう。臨床医は単なる技術者でもなく、知識の伝達者でもありません。病人の苦悩に思いを馳せ、同じ人間として共感し、一緒に人生について考え、治療の枠を超えて病のもつ意味を共に見出していく姿勢こそが求められているのだと思います。
私は長年にわたり外来で、退院前の患者さんをまじえ、通院中の患者さんを中心に、グループミーティングを行っています。ある日、「酒で情けない思いをしたこと」というテーマで体験を話してもらいました。十五人ほどの参加者の三分の一の人が、離脱症状で手が震えて情けない思いをしたという体験を語ってくれました。「お得意さんにコーヒーを出されたが、片手ではとても口に運べないので、両手で持とうとしてもガタガタ震える。相手の人も私がアル中だととっくに知っていたのでしょうね。おい酒をもってきてやれと社員に言ってウイスキーを出してくれました。恥ずかしいやら、情けないやら、あんなに情けないことはなかった」と話しました。
もう一人の人も「出されたコーヒーに砂糖を入れるのですが、砂糖は茶碗の中に入らず、まわりの受け皿にドーナツ型に撒けてしまうのです。あんなに情けないことはなかった」と話しました。われわれ医者は、手の震えは離脱症状の一つで、しかもすべての人にみられるごく一般的な症状だと軽くみるだけですが、たったこれだけの症状でも患者さんにはとても忘れられないほどの情けない思いをしていたのかと、彼らの苦痛と私たち医療者の認識とのギャップの大きさを痛感し、改めて患者さんの体験に耳を傾けることの大切さを悟らされました。

患者さんとの交わりのなかで

このように私の場合は教科書もなく、まわりに教えてくれる人もほとんどいなかったことが幸いしました。すべてを経験から、つまり患者さんや断酒会の人たちとの交わりから、アルコール依存症という病気について、とくにその回復過程について学びとる以外に方法がなかったからです。この経験を通して、私は患者さんや回復した断酒会の人たちによって、少m
しは患者さんの気持ちを追体験することのできる専門家に育て上げてもらったともいえます。医療に関する知識を学んだばかりでなく、断酒したのちの彼らと人間としての交わりをもつことができました。病気をかかえながら生きていくというのはどういうことなのか、このハンディキャップをみずからに受け入れ、そこにどのような意味を見出していくのか、病気というマイナスの事象をどのようにみずからの人生にプラスに転換していくのか。このようなみずからの人生への問いかけは、日々の生活における人間関係――夫婦、親子、友人らすべての人間関係についても改めて考え直すことにもなりますし、従来の価値観を一変させることにもなります。
富を得ること、名声を博すことではなく、今日一日が心穏やかに過ごせること、美しい自然に感動すること、人にやさしくすること、愛すること、生かされていることに感謝すること――こういったことの方がはるかに高い価値をもっていることを実感するようになります。人間はマイナスを体験することによって、より高い精神性(スピリチュアリティー)を獲得していくのです。
このような価値の転換、人生観の根底からの変革は、依存症に悩む人にかぎらず、深刻な障害や病気をかかえる人たちのすべてに共通してみられるものです。

とくにアルコール依存症の人たちは、飲酒欲求というくり返し襲ってくる衝動と闘い続けていかねばなりません。自分自身との闘いです。
この病気は、一般には四、五十歳ころまでふつうに社会生活を営み、家庭を築き上げてきた人たちが備えもっていたはずの忍耐力を、かぎりなく破壊しつくしていきます。だからアルコール依存症からの回復は、”みずからに忍耐力をもう一度とりもどし、これに磨きをかけていく道程”だともいえます。
このような彼らの生きざまは、私の医師としてのものの見方、考え方に大きな影響を及ぼしてきましたし、私自身の人生観にも変化をもたらしてきました。
私も今日までのところ、どうにか社会的役割を果たせてきましたし、子どもも育て上げ、夫、父親として人並みに生きることができました。元来、なに事にもあまり積極的な性格ではないし、三日坊主で、精力的、挑戦的に前へ進んでいくのも苦手な方です。幾度か挫折しそうになったり、人生を放り出したくなったことも経験しています。が、そのたびに私を励まし、生きるエネルギーを与えてくれたのは、当時すでに各地で断酒会と連携して活躍していた、ごく少数の精神科医たちと、依存症と闘って生きている断酒会やAAの人たちの姿でした。長いあいだ、この領域で仕事をすることができて本当によかったと心からよろこび、感謝しています。

「飲まないで生きる」とは

アルコール依存症からの回復は、言葉でいえば簡単です。”飲まないで生きる――”それだけのことです。しかし、一杯の酒はたちまち連続飲酒につながり、その結果明日の命はまったく保障されなくなるのですから、一瞬たりとも油断できません。現実に、たまに一杯くらいはと思って飲んだ酒が引きがねとなり、数日後には命を落とすという悲劇を数多くみてきました。
ある家庭の主婦は、すでにアルコール性肝硬変まで進んでいました。断酒会にも入会し、一年ほど完全に断酒され、肝機能も改善に向かっていたのですが、息子さんが結婚することになり、その婚礼の席で固の盃くらいはということで家族もそれを受けるよう勧めました。ところがこの瞬間から飲酒がとまらなくなり、披露宴のあいだも飲み続け、さらにその後も飲酒がとまらず、一週後に静脈癌破裂で亡くなられました。
依存症の人たちを十年ほど追跡調査しますと、三割を超える人がその聞に死亡しています。断酒会やAAに通っている人たちは、先週まで元気な姿で出席していた仲間が顔を見せなくなったなと思っていると亡くなったという報せを受けることを数多く経験しています。年月がたてばたつほど酒がおそろしくなる、と彼らは言います。

身体の病気であれば、その病気によって原因、症状、経過はもとより、回復過程の段階や期間、転帰(結果)もほぼ一定していますが、心の病気ではさまざまな経過をとり、時間的にも非常に個人差があります。
医療機関にかかることなく、自助グループに直接入会してずっと断酒を続ける人もいれば、初診で一通りの説明を受けただけで、その通りに実行していく人もいます。外来クリニックでみていると、なん度かスリップすることはあっても入院にまで至ることはなく断酒に成功する人はかなり増えてきています。入院も一回だけで、退院後は順調に断酒し、生涯断酒をまっとうする人もいます。
数年間あるいはそれ以上断酒しても、その後スリップをくり返し、そのたびに入院しなければならない人もいます。平均すれば、二、三回入院をくり返してようやく断酒生活が軌道に乗っていく人が多いという印象を受けています。まれですが、なかには数ヵ月毎にスリップし、頻繁に入院をくり返しながら十年あるいはそれ以上ものあいだ病院に通っている人もいます。自助グループの人たちは、そんな人でも暖かく見守り、励まし、断酒が軌道に乗るようサポートしていくのです。

逆に、十年以上もの長いあいだ断酒してきた人が再飲酒し、再び立ち上がるまでなん年も苦しんだ人もいます。
松村語録(全日本断酒連盟初代会長・松村春繁氏の語録)にもあるように「断酒に卒業なし」です。

「断酒に卒業なし」の深い意昧

このように、心にかんする問題は個人差が大きく、十人いれば十通りの回復過程があるといってもよいでしょう。「酒さえ飲まなければよい」―――こんなことは、ものの一時間も説明されれば小学生でも理解します。しかし、この簡単なことが実行できるかどうかということになると、人によってそれほどに差が生じてくるのです。本当にわかれば実行できるはずだということにもなりますが、では「本当にわかる」とはどういうことかということになると、これはとてもむずかしい問題です。
大抵の人は、はじめは、酒をやめるくらいは簡単だと思って断酒にとり組みます。が、数ヵ月もたたないうちに簡単に失敗してしまいます。甘くみていたことに気づき、どこに問題があったのだろうかと反省します。先輩が言っていたように、一人ではむずかしいことを悟り、やはり自助グループに参加して仲間をつくろうと考えるようになり、方法を変えてみます。
こうして一、二年は断酒できるのですが、仕事は忙しくなるし例会に出なくても大丈夫、もう一人でやっていけると思うようになります。誰もがふつうに考えそうなことです。しかし、これが落とし穴になって再び酒に手をつけることになります。
やはりみんなが言うように、自助、グループを離れるとだめだということを悟ります。再び例会に参茄するようになりますが、思いがけないところでまた失敗を経験します。いろいろ振り返ってみますと、ただ酒をやめているだけで人間的にはあまり成長もしていない、妻も、飲んでいたときとまったく変わっていないと言う、もっと素直にならなければいけないし、感謝の気持ちも足りなかったことに気づきます。自分の生き方、考え方を変えようとしない限り、いつかまた挫折するだろうと考えるようになります。
こうして幾度となく挫折、失敗をくり返しながら、”飲まないで生きる”とがどういうことか、その深い意味を悟るようになっていきます。

科学の進歩の裏で

「わかる」のは、頭で理解するのとはまったく異なります。スポーツの練習も目で見て理解するのは簡単ですが、それを身につけ上達させていくには、弛まぬ訓練が必要です。心にかんする問題も、失敗を重ねてはみずからをかえりみて悟って(気づいて)いくことなしにわかるということはありません。
五年ほど断酒している人が、みずからの過去を振り返りながら笑って話したことがあります。「私は理詰めで物事を考える方ですから、依存症と診断されたときにアルコールに関する本をいっぱい買い集めて全部読みました。ただ間違っていたのは、酒を飲みながら読んでいたのです」と。この話を聞いたとき、現代に生きる私たち人間の姿そのものではないかと感じたものです。
二十世紀後半に肥大化した知的領域は、人間の情操や愛、感性、体験といったような高い精神性に対する価値を相対的に低下させ、アンバランスな人聞をつくりだしてしまいました。まるで、むかし火星人として描かれていた、あの巨大な頭を細い足で支え、不安定に立っている蛸のような姿を連想せずにはおれません。科学文明は人間の生活をより快適に、より便利に、より効率的にすることを至上命令としてきました。「進歩」という旗印を掲げて突き進んできました。ついには原爆、水爆を生み、臓器移植、遺伝子操作、再生医療を可能にし、生命・社会倫理的問題を引き起こすところまできてしまいました。緩和ケア、延命治療の行きつく先も、尊厳死、安楽死という倫理問題に突き当たることになるでしょう。それ以前に、自然界の中でわれわれ人間だけが突出してそんなに寿命を延ばすことが許されるのだろうかと畏怖せずにはおれません。

このような進歩の裏で、私たち人類は多くの大切な財産を失ってきました。環境汚染や自然破壊の問題もそうですが、それ以上に深刻なのは、われわれ一人ひとりの心の領域にかんするゆがみです。
新幹線のお陰で東京|大阪聞はそれまでの四倍の速さで往復できるようになりましたが、ゆっくり走る車中から田園風景や山、海を眺めて季節を感じたり、ゆったりした気分に浸ることはできなくなりました。乗客の多くは、雑誌を読みながらビ!ルを飲み、弁当を食べたあとは軒をかいて寝ています。
冷暖房設備は完備し、夏に汗をかくことはなく、冬になっても寒さにうち震えることもなくなりました。車で十分も走ればスーパーマーケットがあり、欲しいものはなんでも手に入れることができます。飢餓を体験する機会は奪われ、あり余る食べ物は簡単に捨てられ、農作物への感謝の気持ちもみられなくなりました。むかしは、食事の時には「お百姓さんに感謝しなさい」と諭され、米一粒でも残すと「もったいない、罰があたる」と叱られたものでした。いまは我慢し辛抱する必要もなくなり、感謝の心も薄らいでしまいました。最近の話ですが、ケニアの環境副大臣が来日し、日本語には”もったいない”とい素晴らしい言葉があることを知り、これを国際語にしたいと思っていると言ったという記事を新聞でみました。

アルコール依存症から学ぶべきもの

文明の進歩に肱惑されているのか、心の問題が深刻な状況に陥っていることにはあまり目が向けられていません。
時代による心のゆがみは、精神疾患の周辺に象徴的な多くの病気を生み出してきています。いま精神科医の誰もが、本来の精神疾患と健常とのあいだに位置する境界域の病気がいちじるしく増えてきたことを実感しています。その代表的なものは、うつ病(広義)、不安障害、人格障害、依存症、摂食障害などです。
摂食障害を例にとってみましょう。現代の青年たちは、飢える、ひもじいというような体験がないのではないかと感じます。腹が空いたくらいの経験はあるでしょうが、いつ、どこでも食べることにはまったく不自由をしない環境は、食事をとることの意味をまったく変えてしまったようです。
ある摂食障害の患者さんが食べているところを目撃したことがあります。パン、ヨーグル卜、サンドウィッチ、コーラ、ケーキなど、ふつう一回に食べる分のゅうに二倍はある量の食べ物を広げ、それらを、表情を変えることも会話をすることもなく、目は虚ろで、黙々とただ口に入れることだけに集中し、手、口を休めることなく食べ続けるのです。まるで餓鬼がものを食べているとでも表現すればよいのか、ただ機械が物を口の中に運んでいるだけといえばよいのか――とても人間がものを食べている様子には見えないのです。食べ終わるとすぐにトイレに走り、そこで便器に向かって吐き続けるのです。吐き慣れているので、咽喉に指を突っ込まなくても簡単に吐けるのです。しばらくするとスッキリした表情にもどります。
彼女の説明によれば、最初は中学のとき友達から肥えていると言われたことを気にして、痩せようとして拒食するようになったということです。しかし、「親から無理にでも食べるように言われて食べるのですが、食べるとすぐ肥えることが怖くなって、はじめは指を入れて無理に吐いていました。指耕抵ができたほどです。ちょっとのことでキレてしまったり、イライラしやすくなり、するとすぐに食べたくなり、食べると吐かずにおれなくなり、吐くとスッとして気持が落ち着くのです」と言います。
そのたびに、肥えたのではないかと体重を測り、腸の中に食べ物がまだ残っているのではないかと下剤を乱用するようになります。その結果、身体は衰弱し、カリウムや塩分が低下して死を招くことさえあります。
これはもう、本来の食事をとることとはまったく意味のちがった行動です。肥満への恐怖にもとづく強迫行為とか、ボディイメージの障害といってみてもなんの説明にもなりません。

二、三十年前まではほとんどみられなかった摂食障害がいまなぜこんなに増えたのかという疑問は、たんに個人の問題ではなく、現代社会が人間にもたヨりしている精神のゆがみを解明することなしには解決しないのだろうと思います。
先に、アルコール依存症は忍耐力が限りなく破壊されていく病気だと言いましたが、思春期から二十代の女性に多い摂食障害はまだ忍耐力どころか、人格が未成熟なままなので、生きることへの自覚も実体験もなく、情動に操られるまま、それをコントロールする能力ももたず、摂食という行為を通しての自己破壊ではないかと考えるのです。これに似た思春期の行動で、リストカットがあります。精神的に不安定になると、衝動的に手首を傷つけるのです。多くは自殺が目的でもなく、人の気を引くためでもありません。彼らは、「生きている実感がないから」と言うのです。若い人たちが生きるという実感をどうしてもてなくなってしまっているのか。むかしはごくふつうに成長とともにできていた、ごく当たり前のことがなぜできなくなってしまったのか。精神科にくる患者さんだけではありません。ある大学で心理学を教えている先生の話ですが、学生に赤ん坊を抱かせてみたところ、抱けない学生が多いというのです。丸太棒を抱えるようにしてストンと落としてしまうのだそうです。
こういう現象を見聞きしていると、これはとても個人の問題ではなく、日本の社会全体がおかしくなっているとしか言いようがありません。なぜこういうことになったのか――いまの私にはとても解明する力はありません。
が、このような境界領域の患者さんを診ていると、人間は発育途上において労苦や我慢といったようなことを経験することなしには生きていけないのではないか。近代以降、文明は人類の労苦を減らし、より幸せになることを願って進歩し、現代ではその目的をほとんど達成したといえるところまできたようですが、苦労や悩みや病気への不安などがなくなると、人はどうなるかということは誰も考えてこなかったのではないでしょうか。
ここに上げた摂食障害の患者さんは、アルコール依存症を合併していました。いまはAAに参加して断酒していますが、断酒するようになってからは摂食障害も自然に治り、”食べ吐き”もしなくなりました。こんなケースはたくさんあります。
また若い男性では、不安障害にアルコール依存症を合併しているケースが多くみられます。そんなケースも自助グループで断酒するようになると、不安障害も軽快してきます。このことからも、境界域の病気の根っこが一つだということがわかります。

現代の心のゆがみは、H苦悩の種を摘み取ってしまった物質文明が生んだ深刻な影の部分ではないかと思うのです。とくに子どもから大人になっていく過程では、多少の苦労を経験し、耐えることを身につけ、高い精神性への目覚めの準備をしていかねばならないのではないでしょうか。

アルコール依存症から回復していくための自助グループにみられる精神性(スピリチュアリティー)は、これらの境界域の疾患の治療になにが必要なのかーー数多くのヒントを与えてくれています。さらにこれは教育の問題にも深く関連する事柄でもあると思います。

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