依存症の社会的背景――「迷い」の現代

アルコール蔓延社会

人類がいつどのようにしてアルコール飲料を発見したのかは明らかではありませんが、その歴史は古く、ワインはすでに紀元前数千年につくられていたという記録が残っているようですし、日本でもすでに古事記に酒の話が出てきます。
しかし、現代ほどアルコールが世界中に蔓延した時代はかつてなかっただろうと思います。産業革命以後、機械文明・科学技術の進歩により酒造技術もいちじるしく発展し、大量生産されるようになりました。とくに第二次世界大戦後からは世界の流通機構の発展により、欧米各国はもとより、わが国のアルコール消費量はいちじるしく増加してきました。近年ではようやく消費量もほぼ頭打ちになってきたようですが、欧米についで日本はアジアでは最大の消費国になっています。

飲酒の歴史は古いといっても、飲酒に関する文化は時代とともに大きく変化してきています。むかしは、直会に代表されるように、神事のあとの宴会などで酒が飲まれ、酪町状態は人聞が神に近づく状態だと思われていたようです。いずれにしろ、飲酒するのは神事やハレの日に限られていて、日常的に飲酒する習慣はありませんでした。

私たちの親の時代(明治から大正、昭和五十年ころ)までは、一般家庭では父親が晩酌をたしなむ姿がみられ、たまに客が来れば宴会になり、果ては大声で歌をうたったり口論したり、泥酔に近い状態でやっとお聞きになるという状況で、飲むのは畑酒がふつうでしたから主婦は大変だったろうと思います。しかし、冠婚葬祭や正月でもない限り、現在のように昼食時にアルコールを飲む光景は見られませんでした。
二十世紀後半になって多くの外来酒(ビール、ウイスキー、ワイン等)が飲まれるようになり、しかも日常的に昼間からでも飲む人が増えてきました。飲酒が日常的なものになり、クルマ社会になったことも影響しているのでしょうか、街の路上でも以前ほどは酔っ払いを見かけなくなりました。しかし、夜の飲食街で店に一歩入れば、情景はむかしと少しも変わっていません。

増大する女性と高齢患者

飲酒実態調査によれば、わが国では一九六0年代から女性飲酒者の増加が目立ちはじめ、七0年代後半からは女性のアルコール依存症が急増してきました。三十年前までは、精神科に受診する女性の依存症患者は全患者数の五%ほどに過ぎませんでしたが、近ごろでは都会の専門の医療機関に受診する患者の三、四人に一人が女性です。
一方、二十代、三十代の若い人たちの依存症も増えています。女性では摂食障害やリストカットを合併している人も多く、男性では薬物依存・乱用を合併している人が増えているようです。
また、高齢化にともない、六十歳を超えて定年後にアルコール依存症を発症してくる人も目立って増えてきています。
二、三十年前までは、アルコール依存症といえば大半は四、五十代の働き盛りの男性に限られていましたが、いまや依存症は老若男女を問わず、すべての成人にみられる病気になってしまいました。

飲酒に関する諸々の問題は、その時代の社会情勢やメンタリティーを強く反映しています。ですからアルコール問題について考えていると、私たちがいま生きている日本という国が、また世界がどういう状況にあるのか、とくに飲酒という行動の基盤になっている心の問題に立ち入らざるを得ません。

科学の発達と社会

わが国は長い鎖国主義の江戸時代を経て、明治維新によって開国してからそろそろ百四十年になろうとしています。開国後、日本には西洋文明が一挙に流れ込み、とくに教育と軍事に力を入れて欧米諸国と肩を並べようとすさまじい意気込みでした。富国強兵が国策となり、日清、日露戦争に勝利して世界の列強国の仲間入りをしましたが、一九四五年第二次世界大戦に敗れました。戦後はみごとに経済復興を遂げ、今度は経済面において世界一、二位の国にまで発展しましたが、一九九O年にはバブル経済が破綻し、いまなお厳しい状況下におかれています。
経済大国を自他ともに認めていたころまでは、わが国の物質文明は高度に発展し、生活は便利になり、欲しいものはすべて手に入るようになりました。バブルがはじけてようやく、私たちの過去五十年の努力はいったいなんだったのかと、国民みんなが心に空洞があいたような気持ちで日々過ごしているように思います。国の繁栄のためには経済的、物質的に豊かになることが必要だったとは思いますが、それだけでは私たちの心はけっして満たされないことを自覚するようになったのでしょう。バブルがはじけたころから「こころ豊かな社会」というスローガンをよく耳にするようになりました。こうして私たちは二十一世紀を迎えました。

十八世紀後半の産業革命から近代がはじまるのですが、それまでの農業、手工業の時代に代わって、機械化による大工場が生まれ、社会構造が根底から変化し、近代資本主義の時代へと移っていきます。これは現代の科学技術文明の幕開けでもあったのですが、その後これまで二百年以上にわたって発展し続けてきました。第二次産業の発展により、人は都市に集中し、物が大量生産され、流通は活発になりました。
二十世紀前半は二度の世界大戦を経験し、史上最大の殺裁が行われましたし、兵器に関連した科学技術がいちじるしく進歩し、ついには原爆、水爆まで造ってしまいました。
この二度の大戦は皮肉にも科学技術の進歩に拍車をかけ、二十世紀後半にはあらゆる分野の自然科学・技術文明の発展はめざましく、世界はコンピューター時代に入りました。私たち人類は、いまこのIT革命の時代の真っ只中で生きています。
IT(情報技術)の草分けはなんといってもテレビでしょう。テレビが現れるまでは、新聞やラジオ、書籍というような媒体を通して知識を得ていました。いま私たちは自宅の居間に座ったままで、瞬時にリアルタイムで世界情勢を知ることができます。湾岸戦争、9・11同時テロ爆破事件、イラク戦争やインド洋大津波もその日のうちに見ることができます。その後、パソコン、インターネット、ファックス、携帯電話など、非常に速いスピードでIT化が進んでいます。
極端な言い方をすれば、しようと思えば、家から一歩も出ずに世界中の状況を知ることができるし、誰とも顔を合わせずに世界中の人と話もできます。学歴や資格が問われなければ、専門家以上の知識をもつことも可能ですし、大勢の人に同時に教えることも可能です。

現代社会とこころ

このような現代を生きる私たちの心にはどのような変化が起きているのでしょうか。前に述べたように、数多くの情報機器に固まれた人聞は、居ながらにして膨大な量の知識を手に入れることができます。これでは知識ばかりが肥大し、相対的に五感で現実と接触するという経験が乏しくなります。ヴァーチャル・リアリティといわれていますが、これが肥大してくると現実と虚構の世界の区別、知識と体験の区別が判然としなくなってきます。意識の中で現実と非現実との境界が暖昧になってきます。このようなゆがみは、とくにまだ心身の未発達な子どもたちに深刻な影響を及ぼさずにはおかないでしょう。
私は、神戸の酒鬼蓄積事件も長崎県で起こった小学生同士の殺人事件も、IT時代の犠牲者であり、いまの子どもたちのすべてに内在している心の問題ではないかと考えています。つい先日、小学生の調査で、多くの子どもが人間は死なないと思っているというニュースが流れました。核家族化や医療状況の変化で、子どもが現実に人の死に立ち会う経験をもたず、漫画やアニメで死んだ人がよみがえるような場面を数多く見ているからではないかというコメントがありましたが、まさしくその通りでしょう。これはきわめて深刻な心の問題だとみなければなりません。
子どもは、まず現実の世界の中でさまざまな経験――とくに自然や人間との関係ーーを積んで成長していくという基盤がある程度でき上がっていなければ、ヴァーチャル・リアリティを現実と区別する能力は育たないでしょう。成長すれば自然にそれは区別できるようになると楽観してはおれません。幼児期に埋め込まれた意識は、将来潜在的にその人の人生観や人間関係に影響を及ぼさないはずがありません。
大人になってからの「オタク」という現象ゃ、「ひきこもり」といわれる現象もおそらく同類のものでしょう。現実との接触や人間関係がしんどくて一人家にこもり、テレビやパソコンと向き合っていますが、インターネットを通してさまざまな情報が入ってくるし、メールしたりもできるわけですから、まわりの人が心配するほど孤独だとは自覚していないのではないでしょうか。ヴァーチャルな人間関係や自然・社会との関係ではあっても、本人にとっては十分に満たされる現実なのかもしれません。本人自身は、まわりが感じるほど悩んでも困ってもいないように思えます。

真の自由とは

一方、すでに成人して仕事にもつき、結婚して家庭も持っている一人前の社会人はどうでしょう。
ふつう、大人で現実と非現実との区別ができない人はいません。大人の場合には、個人とそれをとり巻く世界――家族や職場、園、世界のすべてーーとの関係が問題になってきます。とくに戦後の大量生産の時代には、衣食住のすべては規格化されていました。女性の服装などはその典型ですが、ロング・スカートが流行れば街行く女性はみんなロング・スカートでしたし、ショートになればみんなショートでした。最近はとても個性的で、ロングの人もいればショートの人もいる、ジーパンをはく人もいます。頭の先から靴に至るまで、色・形はさまざまです。大学を出れば企業に就職し、終身雇用で会社の方針に従っていれば一生は保障されていました。しかし、いまでは愛社精神は希薄になり、実力しだいで転職し、あえてフリーターを選ぶ人もいます。適齢期になった女性は花嫁修業にいそしんで結婚に備えていたものですが、いまは結婚観もすっかり変わりました。生き方、考え方もさまざまです。家庭はどうでしょう。かつてはよくもわるくも、父親が中心の「家」制度がありました。結婚も家と家との結びつきでした。父親は責任をもって一家を養い、母親は家を支えていました。が、いまではこの家も形をなさなくなってきています。欧米だけでなく、日本でも離婚率は高まる一方です。
これまでは家、親族、近隣、世間、企業などが個人を二重三重に縛っていましたが、保護してくれでもいました。互いにもたれ合って生きていた時代から、個人が丸裸にされて生きていかねばならない時代になってきています。技術文明の進歩は、個人が一人で生きていこうとすればそれも不可能ではない時代になりました。
個が尊重され自由を謡歌できる時代になり、とても結構なことなのですが、私のように精神医療の現場でこんなにも心を病む人が増えている現実を実感している者からみれば、人間は本当に自由になり得るのだろうかとつい考え込んでし・まいます。
現代のように複雑な技術文明社会では、自由であるということは、選択肢がたくさんあり、それだけ「迷う」場面も多くなっているということです。
自分の生き方に確信がもてないとき、人はさまざまな場面で迷います。「迷い」は、心に葛藤が生じている状態ですから、精神的に不安定で、不安や抑うつ気分に陥ったりすることになります。これは思春期や神経症に特徴的な心の状態でもあります。迷いを生じたときには、大なり小なり決断を迫られます。問題が大きければ、それは私たちの人生観、生き方に関わってきます。物事を判断するための基準、ものさしを持たなければ迷いは解消されません。
巷では、「私の自由でしょ」というのが決まり文句のように聞かれるようになりました。最近のテレビで、子どもたちに「なぜ勉強しなければならないの」、「大人はなぜ結婚するの」、「なぜ死んではいけないの」と質問されて戸惑っている大人の姿が映し出されることがありました。
自分では立派に一人前の大人になったつもりでいますが、「あなたの生きがいは」と正面きって聞かれると、答えられなくなっているのがいまの私たち多くの姿ではないかと思います。子どもから大人への移行期で、人生にまだ確固たる指針をもたない時期を思春期と呼ぶのだとすれば、思春期がとてつもなく長くなったといえるかもしれません。不安障害やうつ病が増えているのも、このような時代の産物とみることができます。依存症も、その根底には同様の精神病理がみられます。
自己を確立するということは、「迷い」に耐え、日々の行動の指針を見出すこと、物事に対するしっかりした判断の基準をもつことと言ってもよいでしょう。それが自分の人生に責任をもって応えることであり、神経症的・依存症的な心理から脱却する道ではないかと思います。自由とはそういうことではないかと思うのです。

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