断酒してからの家族の危機

家族平衡

身体疾患の場合とはちがって、心の病気では人間関係にゆがみを生じてくるので、とくに生活を共にする家族は互いに大きな影響を受けます。家族は社会を構成する基本単位ですが、出生、生育、成長、結婚、出産、養育などの人生のあらゆる段階において家族の構成はさまざまに変化し、メンバーは入れ替わり、互いに影響し合いながら一つの有機的なシステムとして動いています。もちろん、家族自体もそれをとり巻く時代や社会の影響を受けながら変化していきます。
しばしば「病気」も、家族システムに大きな変化をもたらす要因になることがありますし、逆に家族関係のゆがみが、メンバーの一人を病気にしてしまうこともあります。
身近な例を上げれば、夫婦が互いに気まずい雰囲気になっているときに、子どもが熱を出して食事がとれなくなったりすると気まずい空気はいっきに吹っ飛び、夫婦一体になって子どもを病院に連れて行ったり、介抱に当たるようになります。病気が慢性化してくると、家族のメンバーそれぞれの役割が変化し、その状況に適応していくように家族システムが働きます。

一般の家庭では、各メンバーはそれぞれの役割をもち、二疋のル1ルのもとで平衡(ホメオステーシス)を保ち、安定した状態を維持させていこうとする力が働いています。ですから、この家族平衡を内外から変化させるような力が働くと、これに抵抗しようとし、そこでさまざまな混乱が生じ、新しい平衡関係ができ上がるまで家族は危機的な状況に陥ることがあります。
話をわかりやすくするために、一般的なアルコール依存症の家族を描いてみましょう。アルコール依存症家庭の家族平衡
夫の依存症が進行するにつれて、飲酒による浪費や失敗のため妻はやむなく働きに出て生計を支えねばならなくなります。しだいに夫婦の力関係は逆転して妻が優位に立ち、患者は家庭内での天または父親としての役割、責任を失っていきます。外に対しては、妻が夫に代わって欠勤の言いわけをしたり、失敗をつくろったり、借金の支払いを済ませるなどして、川
極力酒の問題を隠そうとしますが、このことが夫に問題を自覚させる機会を奪うことになり、悪循環をつくり上げる結果になります。
たとえ経済的問題が生じなくても、くり返す酪町、問題行動、約束を破るなどのために、患者自身の自己評価、家族の期待は小さくなり、精神的にも妻は優位に立ち支配的になっていきます。失職するようなことがあれば、このような傾向はいっそう顕著になります。
こうして夫は家庭内における地位を失い、家族の中で孤立してくると、素面のときにはこれを挽回しようとして妻子をいたわり、懸命に働くのですが、これもくり返す飲酒のためにますます家族を失望させる結果にしかならず、妻は夫に酒をやめさせようとする努力の空しさを感じ、夫への期待も完全に消滅していきます。
妻から期待さえ寄せられなくなった夫は、子どもを味方に引き入れることによって自己の存在を主張し、孤立から逃れようとしますが、犠牲にされた子どもは両親の関係のゆがみから逃げることもできず、いろいろな情緒的問題(情緒障害、登校拒否、注意欠陥多動性障害〈ADHD〉、非行、家庭内暴力など)を形成していきます。
一方、妻は子どもに対して母親と同時に父親の役割も果たさねばならなくなり、女らしさ、母親らしさは失われ、自己嫌悪を感じながらも妻の支配性、独断性はますます強くならざるを得なくなります。
もはや夫への期待を完全に失った妻は、夫を無視して子どものためにのみ生きようとします。妻と子どもの粋は強くなり、しばしば息子が父親の役割を果たすようになります。こうしてようやく家族の崩壊だけはくい止めることができても、子どもが成長して父をあからさまに非難するようになったとき、むしろ子どもが母に対して父と別れることを要請し、妻は一挙に離婚を決意することもあります。
あるいはまた、父の飲酒問題に振り回され、冷静さを失って感情レベルでしか対応できなくなってしまっている母親に対しても子どもは非難の矢を向け、失望していきます。たとえば、酒を飲ませないために、夫の機嫌を損ねないようにと腐心するあまり、子どもを理不尽に抑圧しようとする母、今度こそ別れるからとくり返しながら一向に決断できない母、夫への反発から妻と同時に母親の役割も放棄してしまう母をみて、子どもはそのような母にも失望していきます。
一方、子どもにもさまざまな問題が生じてきます。たとえば、長男や長女によくみられるタイプですが、役割と責任を放棄した患者に代わって子どもが父親の役割を果たすようになり、母の相談相手になったり、長女が母の役割を担って父の世話をやいたりします。このような子どもは、親思いのよくできた子どもですが、子どもらしさを失って大人びている場合が多く、過度の抑圧は人格形成に深刻な影響を及ぼさずにはおかないかも知れません。
逆に、親子聞の対立したままの関係が長く続くと反抗的になり、非行などの問題を起こしたり、不安感が強くて決断力に欠け、神経質になり、登校拒否などの障害を示したり、年齢不相応に子どもっぽく未熟なままだったりします。
このように、アルコール依存症の人の家族は、患者だけでなく、それぞれの家族メンバーが多くの問題を抱えていますが、その多くは患者の飲酒問題の背後に隠れていて表面に出ることは少なく、外見はどうにか家族としての形態を保ち続けていきます。アルコール依存症は「家族全体の病気」だといわれる所以です。

揺らぐ家族平衡

この病的な家族平衡は、患者が治療を受けて断酒するようになったとき、しばしばこれに強い抵抗を示し、無意識に再飲酒の方向への力を働かせたり、潜在していた家族システムのひずみやメンバーのもつ問題があらわになっできたりします。多くの家族は、患者が断酒さえすれば問題がすべて解決するかのように思っています。たしかにそうなのですが、それには長い時間がかかり、断酒がはじまって半年、一年ころまではむしろ逆で、夫婦の力関係の逆転、子どもの情緒的問題や非行、夫婦の性関係の問題などがあらわになり、家族はひどく混乱し、危機的状況に陥ります。
断酒するようになると、患者の言動はかなり急激に変化し、家族はこれへの対応に困惑することがあります。たとえば、素面のときには優しくて扱いやすかった夫が、断酒してからは非常に口うるさくなったり、だらしのない人だと思っていた夫が過度に潔癖になったり、仕事の話は一切したことのなかった夫が深夜まで職場の愚痴をこぼすようになったりします。妻はこのような夫の急激な変化に対応しきれず、ひどく困惑し、しばしば「こんなことなら飲んでくれている方がましだ」とさえ思うようになることがあります。
また、夫は妻に対して優位を奪回しようとし、妻はこれを失うことへの不安を抱きます。たとえば、酒をやめた夫が早く就労してくれることを望みながらも、妻は自分が長年やり慣れた仕事をはなれて家事に専念することに不安を感じたり、子どもや家庭内の問題について夫と相談することなく、独断で事を運んでしまったりします。
あるいはまた、夫が飲酒していた時期には、日の前の問題にふり固されながらも、一方では、夫を攻撃することによってどうにか感情のバランスを保ってきた妻は、夫が断酒しはじめると精神的余裕をとりもどすようになりますが、他方では夫への恨みや攻撃的な感情を払拭することができず、しばしば理由もなく強い焦燥を示したり、衝動的、爆発的に攻撃性を示したりすることもあります。

このような妻の行動のために、夫が再び飲酒に走ってしまうこともありますが、逆に夫がそれに冷静に対応するようになると、妻は変化した夫を評価するようになり、夫への期待、信頼感を抱くようになります。それだけならよいのですが、これが行き過ぎて妻が夫に対して罪責感をもち、自己嫌悪に陥り、夫を病気に追いやったのが自分の責任であったかのごとく、過度にみずからを責め、抑うつ的になることさえあります。
このような夫婦関係の変化は、当然子どもにも影響を及ぼします。感情的に不安定な母よりも、断酒して安定している父親への評価が高まり、とくに年少の子どもや娘の場合には、これまで得られなかった父親の愛情を一挙にとりもどさんばかりに、過度に甘えたりするようになったりもします。このような父子の関係をみて、母はさらに自信を失ぃ、ときには嫉妬さえ抱くこともあります。

以下に述べるのは、飲酒していたあいだの病的平衡が断酒生活とともに崩れて、危機を招いた事例です。

事例1 数回の入院ののち、断酒会に入会して断酒生活がはじまったが、職場における人間関係の失敗から職を転々とすることが多く、したがって収入も三定せず、生計はもっぱら妻の収入に頼っていた。
断酒一年を過ぎても同じ状態が続くため、妻は夫に経済的責任をもたせれば仕事も長続きするのではないかと考え、夫と話し合った上で、退職して家事に専念することを決意した。こうして二ヵ月が過ぎたが、妻は新しい生活に適応することができず、「一日中家にいるとイライラする、どうして時間を潰せばよいのかわからない、気が狂いそうになる」と訴えていた。
夫はようやく一つの職場に定着してきたかにみえていたが、このような妻の様子をみて、今度はもう仕事をやめないから、妻にもう一度働きに出てはどうかと勧めた。夫のこのニ一口葉を待っていたかのように、妻は再び就職した。その後まもなく夫はまた些細な理由で欠勤するようになった。

事例2 夫が飲酒していたあいだ、妻は優位に立って夫を罵倒し、攻撃的であったが、夫はそれに逆らうこともなく、ただ酔い潰れては欠勤するという状態のくり返しだった。
通院により夫が断酒しはじめ、約一ヵ月を過ぎたころから妻の不安感、罪責感はいちじるしくなり、「断酒している夫をみているととてもいい人だとわかった。夫を依存症にしたのは自分ではなかったかと思う。大変な罪を犯してしまった、妻としてどうしてあげればよいのかわからない」と訴え、うつ状態になった。

事例3 飲酒しているあいだ、妻の目にはだらしのない夫だと映っていたが、二人で力を合わせて商店を営んでいた。ところが断酒しはじめてからは、人が変わったように、ごく些細なことで、たとえば気がつかない、掃除の仕方がわるいと小言を言い、食事が済むとすぐ片づけろといった調子で、妻に休む間も与えないほどだった。
ようやく3カ月を過ぎたころ、いつものように些細なことから夫婦喧嘩になったとき、妻は家を飛び出し、妻に去られた夫は再び飲酒するようになった。

事例4 両親、妻と子一人の五人暮らし。母は多弁、活動的で、妻は無口、内向的であった。患者が飲酒しているあいだは、母親は患者の飲酒問題に目を奪われ、嫁に対してはむしろ同情的だった。
断酒会に入って断酒するようになったが、母は消極的な嫁をおいて自分が本人と一緒に例会に出席するようになった。無口で引っ込み思案な本人は例会でもほとんど発言することはなく、かわりに一方的に母親が喋り、仲間の忠告も耳に入らなかった。
約三ヵ月間断酒したが、その後再びときどき飲酒するようになり、それでも本人は母に連れられて例会に出席していた。例会では、母は、嫁が本人の断酒に協力しないからだと絶えず嘆いていた。
約半年後、妻は黙って実家に帰り、妻の両親から離婚を申し出てきた。

家族療法の要点

右に上げた事例のように、断酒生活に入ってから家族が重大な危機に陥ったり、飲酒時代、その背後に隠されていた家族内の問題が露わになったりします。そして、このことがしばしば再飲酒の引きがねになります。飲酒時代に形成された病的な平衡状態をできるだけ早く健常な平衡状態にもっていくには、ときに第三者あるいは治療者の介入が必要になります。これがアルコール依存症における家族療法のもっとも大切なところです。

しかし、アルコール依存症をめぐる家族の問題はこれだけではありません。
この病気には、特有な「否認」の問題があります。飲酒に関するさまざまな問題を本人が自覚して、医療機関に受診したり、第三者に相談するようになるまではかなり時間がかかります。依存症に関する啓発がかなり進んだ現在でも、専門医療機関にきたときには、すでに肝硬変末期であったり、離婚して単身者になっているケースは多くみられます。
したがって早期発見・治療あるいは初期介入は、いまもなお重要な問題です。そばで生活を共にしている家族は、もっとも早くに本人の問題飲酒に気づきますが、本人の「否認」のため、なかなか治療に結びつけることができません。病気であることさえ気づかないまま、あの手この手で本人の飲酒問題を懸命に食いとめようと努力しますが、空回りするどころかますます深刻な状況に落ち込んでいきます。
このような悩みを抱えている家族は、専門医療機関や保健所、精神保健福祉センターで相談して気持ちを楽にし、当事者への具体的な対応の仕方を学んでいくのが賢明です。また、断酒会やアラノン(Al-Anon)に参加して、すでに断酒している人たちの話を聞いたり、その姿を見ることも大変勉強になります。

世代間連鎖(AC)について

もう一つ、重要な問題があります。”世代関連鎖”といわれている問題です。
全日本断酒連盟が誕生してすでに四十年余りが過ぎました。断酒会が全国各都道府県で活動するようになって三十年ほどになります。働き盛りの世代であった会員さんたちも、いまは定年を過ぎ、孫に固まれて幸せな生活を送るようになりました。
一九八0年代には、アルコール依存症の人の家庭で育って思春期や社会人になる時期を迎える子どもさんたちが増えてきたことと関連していたのだと思いますが、ACOA(アダルトチルドレン・オブ・アルコホリック・アルコール依存症の家庭で成人した子ども)のことがよく話題にのぼるようになり、引き続いて”世代間連鎖”という言葉が頻繁に用いられるようになりました。依存症に限らず、親がみずからの人生を顧みたとき、自分が子どもに対してよき父親であったか、母親であったかを反省してみない親はいないでしょう。
しかしアルコール依存症の場合は、みずから望んでなった病気ではないといっても、異常な飲酒による言動が妻子に与えた精神的影響には実に深刻なものがあります。ある会員さんは、「依存症は病気だといわれるが、私の心の中にはどうしても病気という言葉では片づけてしまえないものがある」と話しました。
AC、世代間連鎖の問題に関しては、一精神科医として言うべき二一口葉をもっていません。いまはただ断酒しているみなさんの体験に耳を傾けることしかできません。これはあまりにも大きく深い問題だからです。
この問題については、高知県断酒新生会の小林哲夫氏がかつて名著「ACブルース」(平成五年、高知新聞社)を出版しています。みずからの体験を通して、高校に入った息子さんの思いがけない二一口葉に惇然とした著者が、みずからを赦すまでの心の軌跡が赤裸々に述べられています。仲間たちの父親としての体験も織り込み、ACと世代間連鎖についてのすべてが語り尽くされています。最近では、全日本断酒連盟からも小冊子「親は子どもに何ができるか――断酒会員・家族の体験――」が出版されました。
私の臨床経験上、アルコール依存症の人々やその家族の人たちだけでなく、依存症でないすべての人たち――われわれ医療者も含めて――に言えることはただ一言、”自分を変えずして他人を変えることはできない”ということです。

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